小さな幸せを感じる日々の日記

人生辛かったり楽しかったり悩んだり寝たり起きたり。

インドア派にとって自宅待機は危機的状況

東京に住んでいる事もあってか、4月第2週から自宅待機になり、結局4月に出勤したのは6日間だけでした。

 

5月は予定ではGW明けの7日から通常勤務になると連絡は来ていますが、直属の上司は保育園が休園になってしまったとの事で、保育園が再開されるまで出勤しないとのこと。

本当の意味での日常に戻るのは何時になるのだろう。

 

しかし、もともとインドアの私は、自宅待機そのものには全く苦痛がなく、食事の買い出しと極々稀に散歩をする以外に外出しなくても何とも思わないのですが、友人知人らが

「人に会えないのが辛い」

「外出できないのが辛い」

「旅行に行けないのが辛い」

「出勤できないのが辛い」

「家で独りで仕事するのが辛い」

と嘆く姿を見ると、普段あまり他者と比較する事のない題材ということもあり、私は本当に他者との関りが薄くても平気な人間なのだなと驚愕しています。

 

そして今最も懸念される事は、

 

(自分が)日常に戻れるのか

 

という事。まぁ戻れるとは思うのですが…。

 

自宅で仕事をするというのは、通勤の苦痛と身支度の手間がなくなる上に、仕事さえちゃんとしていれば音楽聞きながらでもスマホ触りながらでも良いという、私にとっては控えめに言って最高の労働環境だなと今回の件で自覚しました。

 

でもそれは危険な兆候。

 

「日常に戻りたい」と考える人は、自宅待機が解除され今までの日常が戻って来た時、今回のコロナ騒動を「日常の大切さ、人との繋がりの素晴らしさを再認識できる良い機会だった」と捉えられるのではないでしょうか。

 

しかし私の様に、そもそも今までの日常が苦痛以外の何物でもない、しかし会社に出社して働かなければならない現実との板挟みであった者にとっては今回の自宅待機及びテレワークというのはこれこそが私の求めていた働き方であって、このまま自宅で働けたらなぁと思ってしまうのです。

 

こんな状況下でもつながりを大切にし、仕事に戻る事を求める人がいるからこそ、世界は日常に戻れるのだと思います。

本当に尊敬する。私も頑張って日常に戻る準備をしなければな、と思いながらGWが終わりに近づきつつあるカレンダーを見るたびに、憂鬱な気分になる自分がいます。