小さな幸せを感じる日々の日記

人生辛かったり楽しかったり悩んだり寝たり起きたり。

社会不適合者

私のうつ病は私の性格から来ていると思っています。

というのも、例えばブラック企業に勤めて上司に責められて鬱になる人はその会社から離れれば元に戻るかもしれない。

そして元に戻れば鬱病ではない自分として普通に生活を送れるかもしれない。

 

そういう人は、もともとは社会に適応出来ていたのに、ある特異な環境に身を置いてしまったために身体がおかしくなった、いわば正しい生理反応だと思うのです。

 

けれども私には、子供の頃から鬱になるべく理由があった。

 

それは、場所を変えてもどこに行っても馴染めなかったという事実。

 

勿論、私だけが世界で唯一の特別な感覚を持ったスペシャルな人間だなどと嘯くつもりは毛頭ありません。

けれども、私の思考回路は子供の頃から、広く一般的な考え方からは明らかに外れていたのだと今では強く感じます。

その上自分の性格が「人に良く見られたい。嫌われたくない。私で楽しんでもらいたい」というものだったのが余計状況を悪化させました。

 

自分は相手が楽しいだろうと思ってやることが悉く外れ、お笑いで言うところの「すべる」みたいな感じでしょうか。相手が( ゚д゚)ポカーン「何言ってんだこいつ」みたいな顔して凍り付く場面を何度となく経験するうちに、自分が相手を楽しませようと発言する言葉は、相手にとって理解不能なのだという事を学びます。

 

それが多分幼稚園児くらいの時。

 

そしてその他の性格、「良く見られたい」と思えば嫌われ「嫌われたくない」と思って楽しませようとすれば滑り、それを挽回しようとすれば取り繕っていると思われる。

 

何をどう足掻いても、自分は悪目立ちしかしないという事実を、しばらくの間受け入れられなかった。しかし事実として深層心理にははっきりと刻み込まれていたのでしょう。

表層と深層の意識の乖離は体調にも現れ、毎日毎日、身体が鉛のように重くなり、身動きが取れなくなります。心の身動きが取れなくなっていることを表層心理が受け入れようとしなかったため、身体症状で表してきたという所でしょうか。

 

これが、小学6年生の頃でした。

 

私の頭がおかしかった事は私の勝手な思い込みではなく、同級生からの執拗ないじめからも事実であったと認識できます。

発起人は数人の男子でした。けれどもそれが結果としてクラス全体になり、他のクラスにも知られるようになり、当事者以外の人たちも関わらないように私を避ける様になりました。それが中学時代です。

 

数人からのいじめは、いじめっ子がいるから起きることかもしれません。

 

でも私の様にクラスが一致団結して私を排除しようとしたという事は、単純に私がバイキンだったというただそれだけだったんだと思います。(バイキンと呼ばれていました)

 

よく、

「他人の目なんか気にしないで自分の好きなように生きたらいい」と言う言葉を見聞きします。

 

それは事実だと思うし、(私はそこに「他人に危害を加えなければ」を足しますが)人は自由に生きていいと思っています。

 

けれども、私の場合、本当に私を苦しめていたのは私自身の元々の性格でした。

「自分の好きなように生きたらいい」を真に許さなかったのは他の誰でもない

自分自身だったのです。

 

いじめに遭うのが辛かったのではなく「いじめられるような自分はクズだ」という自分の思考が辛かったのです。相手が何を言っても気にしなければいいのに、寧ろ他人以上に自分を殺そうと躍起になっていたのは自分自身でした。

 

だから、私が鬱になったのはなるべくしてなったとしか言いようがありません。

他の誰のせいでもない、自分で自分の首を絞め続けてきた結果が、うつ病だったというだけの事。

 

勿論今の幸せは当時の忍耐や辛い現実をどうやって受け止めればいいのかという事を強制的に考えざるを得ない状況を乗り越えてきたからこそ培われたものであるのは確実ですが、それにしても「よくこの性格で今まで死なずに来れたな」と無駄に努力の必要な自分の性格を褒めてあげたい気もします( *´艸`)

 

私がバイキンなのは鬱病だからじゃない。

周囲の基準から見て私はバイキンなのだ。

バイキンなのに社会に馴染もうとするから鬱になったのだ。

 

だから私は鬱を治すのと並行して、自分の人格をうまくコントロールする術を身に着けなければならない。

自分が心穏やかに生きていく為に。